自然的血縁関係のない子についての養育費の支払義務に関する最高裁平成23年3月18日判決
2011/04/03
裁判所ウェブサイトの「最近の判例一覧」をみていたら,興味深い最高裁判決を見つけましたので,ご紹介します。
事案は,上告人(夫)が,本訴として,被上告人(妻)に対し,離婚等を請求するなどし,被上告人が,反訴として,上告人に対し,離婚等を請求するとともに,長男,二男及び三男の養育費として,判決確定の日の翌日から,長男,二男及び三男がそれぞれ成年に達する日の属する月まで,1人当たり月額20万円の支払を求める旨の監護費用の分担の申立てなどをしており,上告人は,二男との間には自然的血縁関係がないから,上告人には監護費用を分担する義務はないなどと主張している,というものです。
判決の全文については, 「最高裁平成23年3月18日第二小法廷判決(平成21(受)332)」をご参照ください。
この判決をよりよく理解するには,以下の事項について理解していなければなりません。
民法では,次のように規定されています。
(嫡出の推定)
第772条 妻が婚姻中に懐胎した子は,夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300以内に生まれた子は,婚姻中に懐胎したものと推定する。
そして,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子については,嫡出子であることが推定されるので,妻が夫以外の男性との間でもうけた子であっても,原則として夫が子の出生を知った時から1年以内に嫡出否認の訴えを提起しない限り,父子関係を争うことはできなくなります(民法774,775,777条)。
この嫡出否認の訴えの期間制限については,
「民法772条により嫡出の推定を受ける子につき夫がその嫡出であることを否認するためには、専ら嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,右訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から十分な合理性を有するものということができる」(最高裁判所昭和55年3月27日第一小法廷判決/裁判集民129号353頁)とされています
(なお,民法772条2項所定の期間内に妻が出産していない子については,夫は,原則として,出訴期間1年の期間制限に服することなく,いつでも,親子関係不存在確認の訴えを提起することにより,父子関係を争うことができます。)。
そして,夫と妻との婚姻関係が終了してその家庭が崩壊しているといった事情があっても,「夫と妻との婚姻関係が終了してその家庭が崩壊しているとの事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,右の事情が存在することの一事をもって、嫡出否認の訴えを提起し得る期間の経過後に,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と子との父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。」(最高裁平成12年3月14日第三小法廷判決・裁判集民197号375頁)として,夫はその子との間の父子関係の存否を争うことができません。
もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,その子は実質的には民法772条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるので,同法774条以下の規定にかかわらず,夫はその子との間の父子関係の存否を争うことができます(このような場合を「推定の及ばない子」といいます。)。
このような例として,最高裁判決となっているものには以下のものがあります。
① 「離婚による婚姻解消後300日以内に出生した子であったものの,母とその夫とが,離婚の届出に先だち約2年半以前から事実上の離婚をして別居し,まったく交渉を絶って,夫婦の実態が失われていた場合」(最高裁昭和44年5月29日第一小法廷判決/民集23巻6号1064頁)
② 「甲がA男とB女との婚姻成立の日から200日以後に出生した子であったものの,B女が甲を懐胎した時期にはA男は出征中であってB女がA男の子を懐胎することが不可能であったことは明らかであった場合」(最高裁平成10年8月31日第二小法廷判決/裁判集民189号497頁)
しかし,表面上は夫婦が普通に同居していて,妻が夫以外の男性と不貞関係に陥りその夫以外の男性の子を出産したというケースでは,「民法772条の推定を受けない嫡出子」にはあたらず,子が生まれてから1年以内に嫡出否認の訴えをおこさない限り,夫はその子との父子関係を争うことはできないということになります。
つまり,夫は,生まれた子が自分の子でないと知ったのがその子が生まれてから1年以上経っている,というケースの大半においては,その子との父子関係を争うことはできないのです。
上記の事項を理解していただいた上で,上記最高裁判決の事案を考えてみましょう。
父子関係を争うことができないとしても,自然的血縁関係がない子の分まで養育費の負担義務を負うべきかどうかが問題になっています。
上記最高裁平成23年3月18日第二小法廷判決(平成21(受)332)の事案において,原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりとのことです。
(1) 上告人(昭和37年▲月▲日生)と被上告人(昭和36年▲月▲日生)とは,平成3年▲月▲日に婚姻の届出をした夫婦である。
被上告人は,平成8年▲月▲日に上告人の子である長男Bを,平成11年▲月▲日に上告人の子である三男Cをそれぞれ出産したが,その間の平成9年▲月▲日ころ上告人以外の男性と性的関係を持ち,平成10年▲月▲日に二男Aを出産した。
二男と上告人との間には,自然的血縁関係がなく,被上告人は,遅くとも同年▲月ころまでにそのことを知ったが,それを上告人に告げなかった。
(2) 上告人は,平成9年ころから,被上告人に通帳やキャッシュカードを預け,その口座から生活費を支出することを許容しており,平成11年ころ,一定額の生活費を被上告人に交付するようになった後も,被上告人の要求に応じて,平成12年1月ころから平成15年末まで,ほぼ毎月150万円程度の生活費を被上告人に交付してきた。
(3) 上告人と被上告人との婚姻関係は,上告人が被上告人以外の女性と性的関係を持ったことなどから,平成16年1月末ころ破綻した。
その後,上告人に対して,被上告人に婚姻費用として月額55万円を支払うよう命ずる審判がされ,同審判は確定した。
(4) 上告人は,平成17年4月に初めて,二男との間には自然的血縁関係がないことを知った。
上告人は,同年7月,二男との間の親子関係不存在確認の訴え等を提起したが,同訴えを却下する判決が言い渡され,同判決は確定した。
(5) 上告人が被上告人に分与すべき積極財産は,合計約1270万円相当である。
このような事実関係のもとで,上記最高裁判決は,以下のように述べて,自然的血縁関係のない二男の分まで養育費を請求することについては権利の濫用であるとして否定しました。
「(1) 前記事実関係によれば,被上告人は,上告人と婚姻関係にあったにもかかわらず,上告人以外の男性と性的関係を持ち,その結果,二男を出産したというのである。
しかも,被上告人は,それから約2か月以内に二男と上告人との間に自然的血縁関係がないことを知ったにもかかわらず,そのことを上告人に告げず,上告人がこれを知ったのは二男の出産から約7年後のことであった。
そのため,上告人は,二男につき,民法777条所定の出訴期間内に嫡出否認の訴えを提起することができず,そのことを知った後に提起した親子関係不存在確認の訴えは却下され,もはや上告人が二男との親子関係を否定する法的手段は残されていない。
他方,上告人は,被上告人に通帳等を預けてその口座から生活費を支出することを許容し,その後も,婚姻関係が破綻する前の約4年間,被上告人に対し月額150万円程度の相当に高額な生活費を交付することにより,二男を含む家族の生活費を負担しており,婚姻関係破綻後においても,上告人に対して,月額55万円を被上告人に支払うよう命ずる審判が確定している。
このように,上告人はこれまでに二男の養育・監護のための費用を十分に分担してきており,上告人が二男との親子関係を否定することができなくなった上記の経緯に照らせば,上告人に離婚後も二男の監護費用を分担させることは,過大な負担を課するものというべきである。
さらに,被上告人は上告人との離婚に伴い,相当多額の財産分与を受けることになるのであって,離婚後の二男の監護費用を専ら被上告人において分担することができないような事情はうかがわれない。
そうすると,上記の監護費用を専ら被上告人に分担させたとしても,子の福祉に反するとはいえない。
(2) 以上の事情を総合考慮すると,被上告人が上告人に対し離婚後の二男の監護費用の分担を求めることは,監護費用の分担につき判断するに当たっては子の福祉に十分配慮すべきであることを考慮してもなお,権利の濫用に当たるというべきである。」
このように,上記最高裁判決が,夫と自然的血縁関係がない子についての養育費請求が権利の濫用であると判断するるにあたって挙げている事情は,以下のようなものです。
① 夫が,自分の子とされていた子について自然的血縁関係がないことを知るに至るまで何年も多額の生活費を渡していたこと
② 妻が黙っていたために上記事実を知るまで時間がかかったこと
③ 多額の財産分与をすることになること
そのため,夫がお金持ちでない場合には権利の濫用とならない可能性が残されているといえそうです。
もっとも,これまでは,妻が夫以外の男性との間の子を出産し,夫がその子の出生を知った時から1年以上経ってから「自分の子とされていた子について自然的血縁関係がないこと」を知った場合,父子関係を争うことができない以上,その子の分の養育費も当然支払わなければならないことになるだろう,その意味でまさに「踏んだり蹴ったり」という状態を余儀なくされると思われていたので,少しは最高裁判決の傾向が変わったとは言えそうです。
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