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「敷引特約」の有効性に関する最高裁平成23年3月24日判決

「敷引特約」の有効性に関する最高裁平成23年3月24日判決

2011/03/27

 賃借人(借主)が賃貸人(貸主)からマンション等の建物を賃借する場合に,敷金や保証金といった名目で一定の金員を差し入れることが一般的です。
 建物を明渡したときには,賃借人は,原状回復義務を負います。
 もっとも,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗(「自然損耗」,「通常損耗」などといわれます。)についての費用までは負担する必要がないのが原則です。
 そのため,通常損耗等しかない場合には,賃借人は,本来,建物明渡し後のルームクリーニング代等までは負担しなくてもよいことになります。
 しかし,賃貸借契約を締結する際,このような「自然損耗」,「通常損耗」についても保証金や敷金から差し引くという特約(これを「敷引特約」といいます。)が付されているケースが多く,このような敷引特約に基づいて,保証金や敷金の全額を返還しないことが許されるのかどうかについて,近時,訴訟で争われるようになっています。

 このような「敷引特約」の有効性について,先日,最高裁判決が下されました
(上告人代理人弁護士が私の大学の先輩であることから,個人的にも注目していました。)。
 最高裁判決の全文については, 「最高裁平成23年3月24日第一小法廷判決(平成21(受)1679)」 をご参照ください。

 上記最高裁判決の事案は以下のようなものです。
 居住用建物を被上告人(賃貸人,貸主)から賃借し,賃貸借契約終了後これを明け渡した上告人(賃借人,借主)が,被上告人に対し,同契約の締結時に差し入れた保証金のうち返還を受けていない21万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。被上告人は,同契約には保証金のうち一定額を控除し,これを被上告人が取得する旨の特約(いわゆる「敷引特約」)が付されていると主張するのに対し,上告人は,同特約は消費者契約法10条により無効であるとして,これを争っています。

※ 消費者契約法
(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)
第10条  民法 ,商法 (明治32年法律第48号)その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって,民法第1条第2項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは,無効とする。

 上告人がマンションの一室を賃料1か月9万6000円の約定で賃借した本件契約に係る契約書には,次のような条項があったとのことです。
・上告人は,本件契約締結と同時に,保証金として40万円を被上告人に支払う。
・本件保証金をもって,家賃の支払,損害賠償その他本件契約から生ずる上告人の債務を担保する。
・上告人が本件建物を明け渡した場合には,被上告人は,以下のとおり,契約締結から明渡しまでの経過年数に応じた額を本件保証金から控除してこれを取得し,その残額を上告人に返還するが,上告人に未納家賃,損害金等の債務がある場合には,上記残額から同債務相当額を控除した残額を返還する。
 経過年数1年未満 控除額18万円
        2年未満      21万円
        3年未満      24万円
        4年未満      27万円
        5年未満      30万円
        5年以上      34万円
・上告人は,本件建物を被上告人に明け渡す場合には,これを本件契約開始時の原状に回復しなければならないが,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗(通常損耗等)については,本件敷引金により賄い,上告人は原状回復を要しない。

 このような事情のもとで,上記最高裁判決は,「敷引特約」一般の有効性について,次のように述べています。
「賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであるから,賃借人は,特約のない限り,通常損耗等についての原状回復義務を負わず,その補修費用を負担する義務も負わない。
 そうすると,賃借人に通常損耗等の補修費用を負担させる趣旨を含む本件特約は,任意規定の適用による場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものというべきである。」
「次に,消費者契約法10条は,消費者契約の条項が民法1条2項に規定する基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであることを要件としている。
 賃貸借契約に敷引特約が付され,賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷引金)の額について契約書に明示されている場合には,賃借人は,賃料の額に加え,敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって,賃借人の負担については明確に合意されている。
 そして,通常損耗等の補修費用は,賃料にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても,これに充てるべき金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には,その反面において,上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相当であって,敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということはできない。
 また,上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な一定の額とすることは,通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防止するといった観点から,あながち不合理なものとはいえず,敷引特約が信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。」

 その上で,上記最高裁判決は,いわゆる「敷引特約」のすべてを一律に有効とするのではなく,次のような限定を付しています。
「もっとも,消費者契約である賃貸借契約においては,賃借人は,通常,自らが賃借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していない上,賃貸人との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからすると,敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,賃貸人と賃借人との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に,賃借人が一方的に不利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。
 そうすると,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解するのが相当である。

 そして,上記最高裁判決は,具体的に本件で無効となるかどうかについて以下のように述べています。
本件特約は,契約締結から明渡しまでの経過年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであって,本件敷引金の額が,契約の経過年数や本件建物の場所,専有面積等に照らし,本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるものとまではいえない。
 また,本件契約における賃料は月額9万6000円であって,本件敷引金の額は,上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強にとどまっていることに加えて,上告人は,本件契約が更新される場合に1か月分の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払う義務を負っていない。
 そうすると,本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはできない。


 上記最高裁判決の基準によれば,「敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合」にはじめて消費者契約法10条により無効となる余地が生じることとなりますが,上記最高裁判決における具体的に本件で無効となるかどうかで述べられている事項を読む限り,「敷引金の額が高額に過ぎると評価すべきものである場合」というのはほとんどないのではないかと思います。
 そのため,上記最高裁判決の基準に照らせば,いわゆる「敷引特約」が無効となる余地はかなり少なくなるものと思われ,賃貸人(貸主)の方にとっては上記最高裁判決は朗報といえそうです。

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