8 残業代(時間外手当,割増賃金)請求
(1) 残業代(時間外手当,割増賃金)請求とは
残業代(時間外手当,割増賃金)請求とは,定められた所定労働時間を超えて働いた労働者が,未払となっている賃金を請求するものです。
(2) 時間外労働・法定休日労働・深夜労働と割増賃金率
ア 時間外労働
(ア) 所定の始業時刻(労働時間の開始時刻)から所定の終業時刻(労働時間の終了時刻)までの間を所定就業時間といいます。
所定労働時間とは,所定就業時間から休憩時間を引いた時間をいいます。
(イ) 法定労働時間とは,労働基準法が定める1週及び1日の最長労働時間をいいます。
法定労働時間は,週40時間,1日8時間と定められています(労働基準法第32条)。
(ウ) 法定労働時間を超える労働は時間外労働となるので,時間外労働としての割増賃金の支払の必要があります。
他方,所定労働時間が7時間の場合に8時間勤務をした場合,基本給ではカバーされていない部分となるため追加の賃金支払が必要となりますが,法定労働時間を超えてはいないため,時間外労働としての割増賃金の支払の必要はありません。
(エ) 時間外労働の割増賃金率は,原則として25%です(労働基準法第37条第1項本文,労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令)。
(オ) もっとも,当該延長して労働させた時間が1か月について60時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働についての割増賃金率は50%となります(労働基準法第37条第1項ただし書)。
(カ) 労働基準法第138条は「中小事業主(その資本金の額または出資の総額が3億円(小売業またはサービス業を主たる事業とする事業主については5000万円,卸売業を主たる事業とする事業主については1億円)以下である事業主及びその常時使用する労働者の数が300人(小売業を主たる事業とする事業主については50人,卸売業またはサービス業を主たる事業とする事業主については100人)以下である事業主をいいます。)の事業については,当分の間,第37条第1項ただし書の規定は,適用しない。」と定めていたので,中小企業については50%の割増賃金率は適用されていませんでした。
しかし,働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律の成立に伴い,同法第1条により労働基準法第138条が削除されました。
働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律第1条中の労働基準法第138条の改正規定は,令和5年(2023年)4月1日から施行されます(同法附則第1条第3号)。
そのため,労働基準法第138条にいう中小事業主にあっても,令和5年(2023年)4月1日以降は,当該延長して労働させた時間が1か月について60時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働についての割増賃金率は50%となります。
イ 法定休日労働
(ア) 休日とは,労働契約において使用者に対し労働義務を負っていない日をいいます。
(イ) 休日には,法定休日と法定外休日の2種類があります。
法定休日は,労働基準法第35条に規定する週1回または4週4休の休日をいいます。
法定外休日は,法定休日に該当しない労働契約上の休日をいいます。
(ウ) 法定休日に就労した場合には休日労働としての割増賃金の支払義務が生じますが,法定外休日に就労した場合には休日労働としての割増賃金の支払義務は生じません。
週休2日制を念頭に置くと,週休2日制の休日のうち1日就労しただけでは,休日労働としての賃金の支払義務はありません。
(エ) 法定休日労働の割増賃金率は,35%です(労働基準法第37条第1項本文,労働基準法第三十七条第一項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令)。
ウ 深夜労働
(ア) 午後10時から午前5時までの時間帯を深夜といい,その時間帯における労働を深夜労働といいます(労働基準法第37条第4項)。
(イ) なお,同項には,「厚生労働大臣が必要であると認める場合においては,その定める地域または期間については午後11時から午前6時まで」を深夜労働をする旨規定されていますが,この規定が適用された例はこれまでない模様です。
(ウ) 深夜労働の割増賃金率は,25%です(同項)。
エ 時間外労働(1か月60時間を超える部分を除く。)+法定休日労働
法定休日労働中に8時間を超えて労務を提供した部分がある場合の割増賃金率は法定休日労働の35%となります。
法定休日労働については休日労働に関する規制のみが及び,時間外労働に関する規制は及ばないためです。
オ 時間外労働(1か月60時間を超える部分を除く。)+深夜労働
時間外かつ深夜に労務を提供した部分がある場合の割増賃金率は50%となります(=時間外労働の割増賃金率25%+深夜労働の割増賃金率25%)。
カ 法定休日労働+深夜労働
法定休日かつ深夜に労務を提供した部分がある場合の割増賃金率は60%となります(=時間外労働の割増賃金率35%+深夜労働の割増賃金率25%)。
(3) 割増賃金の計算の基礎となる賃金
時間外労働,法定休日労働及び深夜労働における割増賃金の基礎となる賃金には,以下のア~キのものは含まれません。
ア 家族手当(労働基準法第37条第5項,同法施行規則第21条柱書)
イ 通勤手当(労働基準法第37条第5項,同法施行規則第21条柱書)
ウ 別居手当(同法施行規則第21条第1号)
エ 子女教育手当(同条第2号)
オ 住宅手当(同条第3号)
カ 臨時に支払われる賃金(同条第4号)
キ 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(同条第5号)
(4) 実労働時間の認定
ア 実労働時間認定のための資料
実労働時間認定のための資料としては,以下の(ア)~(キ)などが挙げられます。
(ア) タイムカード
(イ) PC(パソコン)の立ち上げ時刻・立ち下げ時刻,ログイン・ログオフ記録
(ウ) 入退館記録
(エ) タコグラフ
(オ) シフト表
(カ) 日報・週報・月報
(キ) 日記・手帳
イ 証拠保全
前記ア(ア)~(カ)の資料を使用者が所持しているが労働者自身は所持していないというような場合,労働者が証拠保全を申し立てることによりこれらの資料の入手をはかることも可能です(民事訴訟法第234条)。
ウ タイムカードの位置付け
タイムカードによって時間管理がなされている場合には,特段の事情がない限り,タイムカードの打刻時刻が実労働時間と事実上推定されています。
エ 使用者の労働時間管理義務とタイムカード以外の資料
(ア) 実労働時間については労働者において主張立証しなければなりません。
そのため,実労働時間を推定することができる裏付け資料がまったくない場合には,労働者の主張する実労働時間が認定される可能性はほとんどありません。
(イ) もっとも,平成13年4月6日付基発339号厚生労働省労働基準局長「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」には,「労働基準法においては,労働時間,休日,深夜業等について規定を設けていることから,使用者は、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する.義務を有していることは明らかである。」記載された上で,労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置が明らかにされています。
また,平成29年1月20日には,「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」も策定・公表され,労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置が明らかにされています。
さらに,労働安全衛生法改正に伴い,平成31年(2019年)4月1日からは,労働者の労働時間の状況を把握しなければならない義務が明文化されました(労働安全衛生法第66条の8の3,第66条の8第1項,第66条の8の2第1項)。
(ウ) このように,使用者に労働時間を適正に把握する義務がある以上,労働者が使用者に提出する日報に概算の始業時刻・終業時刻しか記載されていないような場合であっても,それ以外に実労働時間を推定する資料がないようなときにはその日報に記載された実 労働時間が認定されることもあるなど,タイムカードほど信用性の高い証拠に基づかなくとも,労働者の主張する実労働時間が認められることも多くなっています。
(5) 実労働時間該当性
ア 実労働時間に該当するかが問題となる場合
以下の(ア)~(オ)の場合に,実労働時間に含まれるかどうかが争いになることがあります。
(ア) 始業時刻前や就業時刻後の活動
(イ) 手待時間か休憩時間かが争いになる場合
(ウ) 時間外労働
(エ) 持ち帰り残業
(オ) 移動時間
イ 前記ア(ア)の「始業時刻前や就業時刻後の活動」
作業着の着替えや安全靴の着用,始業前・終業後に行う点呼などの始業時刻前や就業時刻後の活動については,一般的に,それらが使用者から義務付けられたものであれば実労働時間に含まれ,それらが使用者から義務付けられたものでないのであれば実労働間に含まれません(三菱重工業長崎造船事件・最一小判平12.3.9民集54巻3号801頁,東京急行事件・東京地判平14.2.29労判824号5頁参照)。
ウ 前記ア(イ)の「手待時間か休憩時間かが争いになる場合」
手待時間とは,使用者の指示があればただちに作業に従事しなければならない時間であり,その作業場の指揮監督下に置かれている時間をいいます。
他方,休憩時間は,使用者の作業場の指揮監督下になく,労働者が自由に利用できる時間をいいます。
夜間警備員の仮眠時間などについても,使用者の指示があればただちに作業に従事しなければならないかどうかで,手待時間として実労働時間に含まれるかどうかという判断が左右されます(大星ビル管理事件最一小判平14.2.28民集56巻2号361頁参照)。
エ 前記ア(ウ)の「時間外労働」
(ア) 時間外労働については,明示または黙示の指示がなされていた場合に,実労働時間に含まれます(オオバヤシファシリティーズ(オークビルサービス)事件・最二小判平19.10.19民集61巻7号2555頁,京都銀行事件・大阪高判平13.6.28労判811号5頁参照)。
(イ) 黙示の指示がなされていたとして実労働時間に含まれる場合には以下のa.~c.のようなケースがあります。
a. 労働者が始業時刻前に出勤して就労しているのに上司が異議を述べていない場合
b. 早めに出勤した上司が労働者に対し始業時刻前に具体的な業務の指示をしている場合
c. 業務量が所定時間内に処理できないほど多く,時間外労働が常態化している場合
オ 前記ア(エ)の「持ち帰り残業」
自宅に仕事を持ち帰って自宅で仕事をした場合の持ち帰り残業の場合,基本的には,使用者の指揮監督が及ばないため,実労働時間に含まれません。
カ 前記ア(オ)の「移動時間」
(ア) 通勤時間は,労働時間に該当しないと考えられています。
(イ) 出張前後の移動(往復)時間についても,一般的には労働時間に該当しないと考えられています(日本工業検査事件・横浜地川崎支決昭49.1.26労民35巻1・2号12頁参照)。
(6) 管理監督者
ア 管理監督者とは
管理監督者とは,労働条件の決定その他労務管理について,経営者と一体的立場にある者をいいます。
この管理監督者に該当すれば,法定労働時間制の適用が除外されます(労働基準法第41条第2号)。
イ 管理監督者該当性の判断
法定労働時間制の適用が除外されることとなる管理監督者に該当するかどうかについては,以下の(ア)~(ウ)の通達等をもとに,①職務内容,責任と権限,②勤務態様,③賃金等の待遇から判断されます。
(ア) 昭和63年3月14日付基発第150号,婦発第47号労働省労働基準局長・労働省婦人局長「労働基準関係解釈例規について」中の「監督又は管理の地位にある者の範囲」
(イ) 平成20年9月9日付基発第0909001号厚生労働省労働基準局長「多店舗展開する小売業,飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」
(ウ) 平成20年10月3日付基監発第1003001号厚生労働省労働基準局監督課長「多店舗展開する小売業,飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化を図るための周知等に当たって留意すべき事項について」
(7) 固定残業代(みなし残業代)
ア 固定残業代(みなし残業代)とは
企業が一定時間の残業を想定して,あらかじめ月給に残業代を固定で記載し,残業時間を計算せずとも固定分の残業代を支払うという制度です。
固定残業代(みなし残業代)制度を採用すること自体は違法ではありません(医療法人康心会事件・最二小判平成29年7月7日裁判集民256号31頁参照)。
イ 割増賃金(残業代,時間外手当)の支払の要否
(ア) 使用者が労働者に対し,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには,労働契約における賃金の定めにつき,それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討することを要します(テックジャパン事件・最一小判平24.3.8裁判集民240号121頁,国際自動車事件・最三小判平成29年2月28日裁判集民255号1頁等参照)。
その判別ができない場合には,時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができません。
(イ) 基本給とは区分されて支払われる定額の業務手当全体が固定残業代に当たるか否かが争われたケースにおいて,契約書等の記載内容,就業規則等における当該手当の位置付け,当該手当の金額が実際の勤務の実態とほぼ合致しているときには,固定残業代(みなし残業代)が雇用契約において時間外労働,休日労働及び深夜労働に対する対価として支払われていたと考えられます(最一小判平30.7.19裁判集民259号77頁参照)。
(8) 消滅時効
ア 令和2年(2020年)4月1日より以前に賃金支払期日が到来していた賃金
残業代(時間外手当,割増賃金)を含む未払賃金請求権については,賃金支払期日が到来してから2年間請求しなければ時効によって消滅します(改正前の労働基準法第115条)。
令和2年(2020年)4月1日より以前に賃金支払期日が到来していた賃金については,労働者が2年を超える分を請求しても使用者が消滅時効を援用するという意思表示をすれば2年を超える部分については時効消滅することから,事実上,残業代(時間外手当,割増賃金)請求についても2年分に限られていました。
イ 令和2年(2020年)4月1日以後に賃金支払期日が到来する賃金
令和2年(2020年)4月1日以後に賃金支払期日が到来する賃金については,賃金支払期日が到来してから3年間請求しなければ時効によって消滅します(改正前の労働基準法第115条)。
なお,法文上,もともと2年だった賃金請求権の消滅時効期間が5年に延長されるとしながら,経過措置として,当分の間は3年が適用されるという体裁がとられています。