9 基礎収入
(1) 基礎収入という概念の意義
「基礎収入」という概念は,後遺症による逸失利益や死亡による逸失利益を算出する際に必ず必要になるものです。
死亡による逸失利益の場合には,高齢者が亡くなられたときに年金の逸失利益性が問題となることがある以外には,後遺症による逸失利益と死亡による逸失利益との場合に,基礎収入について差が生じることはありません。
また,理論上は,(A) 自賠責基準であれ,(B) 旧任意保険統一基準であれ,(C) 赤本基準であれ,差は生じません。
なお,無職者の場合を除き,基礎収入は,休業損害の算出の際にも1つの判断材料になります。
(2) 基礎収入額の算定(「後遺症による逸失利益」,「死亡による逸失利益」共通)
基礎収入額の算定について,赤本では以下のように記載されています。
ア 有職者
① 給与所得者
原則として事故前の収入を基礎として算出する。
現実の収入が賃金センサスの平均額以下の場合,平均賃金が得られる蓋然性があれば,それを認める。
若年労働者(事故時概ね30歳未満)の場合には,学生との均衡の点もあり全年齢平均の賃金センサスを用いるのを原則とする。
② 事業所得者
自営業者,自由業者,農林水産業などについては,申告所得を参考にするが,同申告額と実収入額が異なる場合には,立証があれば実収入額を基礎とする。
所得が資本利得や家族の労働などの総体の上で形成されている場合には,所得に対する本人の寄与部分の割合によって算定する。
現実収入が平均賃金以下の場合,平均賃金が得られる蓋然性があれば,男女別の賃金センサスによる。
現実収入の証明が困難なときは,各種統計資料による場合もある。
③ 会社役員
会社役員の報酬については,労務提供の対価部分は認容されるが,利益配当の実質をもつ部分は消極的である。
イ 家事従事者
賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,学歴計,女性労働者の全年齢平均の賃金額を基礎とする(最判昭和49年7月19日判時748・23)。
有職の主婦の場合,実収入が上記平均賃金以上のときは実収入により,平均賃金より下回るときは平均賃金により算定する。家事労働分の加算は認めないのが一般的である。
ウ 無職者
① 学生・生徒・幼児等
賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,学歴計,男女別全年齢平均の賃金額を基礎とする。
女子年少者の逸失利益については,女性労働者の全年齢平均ではなく,男女を含む全労働者の全年齢平均賃金で算定するのが一般的である。
なお,大学生になっていない者についても,大卒の賃金センサスが基礎収入と認められる場合がある。
ただし,大卒の賃金センサスによる場合,就労の始期が遅れるため,全体としての損害額が学歴計平均額を使用する場合と比べ減ることがあることに注意を要する。
② 高齢者
就労の蓋然性があれば,賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,学歴計,男女別,年齢別平均の賃金額を基礎とする。
エ 失業者
労働能力及び労働意欲があり,就労の蓋然性があるものは認められる。
再就職によって得られるであろう収入を基礎とすべきで,その場合特段の事情のない限り失業前の収入を参考とする。
再就職によって得られるであろう収入を基礎とすべきで,その場合特段の事情のない限り失業前の収入を参考とする。
但し,失業以前の収入が平均賃金以下の場合には,平均賃金が得られる蓋然性があれば,男女別の賃金センサスによる。
(3) 基礎収入額の算定における年金収入・恩給収入(「死亡による逸失利益」のみ)
「死亡による逸失利益」については,前記(2)に記載したもののほか,年金収入・恩給収入についても考慮する必要があります。
赤本では,「高齢者の死亡逸失利益については,年金の逸失利益性が問題となる。」と記載されています。
その上で,以下の3つの事例に該当する裁判例が紹介されています。
① 年金収入・恩給収入につき逸失利益性を肯定した事例
② 受給開始前の被害者につき将来の年金に対する逸失利益性を肯定した事例
③ 年金収入・恩給収入につき逸失利益性を否定した事例